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>>  最 近 の 活 動 報 告  <<        (08年4月18日作成)

平成2038日(土)午後2時から3月の研究会がJCII6階の会場で開かれ、約60名の参加者がありました。今回の研究会テ-マは、「ノンセクション+1960年から1965年の間に製造(正しくは発売)されたカメラ」でした。最初にこの時期のテーマに相応しいコンパー ヴァイトマウント(通称デッケルマウント)のレンズやカメラについて湯淺謙さんから話がありました(この内容は次回の会報に掲載予定)。
 1960年から1965年までの5年間は、日本のカメラが世界のカメラとして急激に躍進していく発展期に当たります。それまでに努力、蓄積した日本の技術が結実したものと言え、その数年前を含めカメラ史に残る優れたカメラが次々と生まれました。1962年には日本のカメラは生産台数(312万台)と販売高(334億円)が初めて西独(258万台と205億円)を抜き、以後カメラ王国の地位を不動のものとするとともに、欧米のカメラ産業を衰退させていくことになります。この期間の日本カメラの特徴として次のような点が挙げられます。
1. 

  1. 35mmフォーカルプレーンシャッター一眼レフのTTL測光方式の実用化。
    トプコンREスーパー(1963(萩谷剛さん持参)、アサヒペンタックスSP1964
  2. 35mmレンズシャッター一眼レフのクイックリターンミラー化と自動絞りの実現。
    トプコンウインクミラー(1960
  3. 同レンズシャッター一眼レフのAE化。
    コーワH1963)、トプコンウインクミラーS1963)、ミノルタER1963)、トプコンユニ(TTL方式、1964など。
  4. 35mmレンズシャッター機のAE化。
    オリンパスオートアイ(1960)、リコーオート351960)、キャノネット(1961(中村昭典さん持参)など。
  5. 電子制御式レンズシャッター機の登場。
    オリンパス
    35LE1965)、キャノネットQL19E1965など。
  6. 35mmレンズシャッター機におけるハーフサイズ判の急激な生産台数の増加。
    1964年にハーフサイズ判の生産台数がフルサイズ判を越えた。

 日本カメラ発展の原動力となったのは、主に35mmフォーカルプレーンシャッター一眼レフなので、当時の状況を簡単に展望してみます。1954年春に発表されたライカM3の完成度の高さは、それを凌駕する開発の困難性から日本の主要メーカーを一眼レフの開発に注力させるきっかけとなりました。日本で最初に発売された35mm一眼レフは1952年のアサヒフレックスですが、これは左右逆像のウェストレベルファインダーを持ったプラクティフレックスに近い製品であり、1949年に発売された東独のコンタックスS、イタリアのレクタフレックス、スイスのアルパレフレックス、ハンガリーのデュフレックスが正立正像のファインダーを持っていたことと比べるとまだ遅れていたと言わざるを得ません。しかしながらその後1960年台の初頭までの短期間にペンタックス、ミノルタ、トプコン、ニコン、キヤノンなどの主要メーカーは、クイックリターンミラーやレンズの完全自動絞りなど一眼レフとして必要な機能を備えたカメラの開発を終え、多くの交換レンズやアクセサリーを備えたシステムカメラを作り上げました。特に1959年に発売されたニコンFは世界の報道分野で圧倒的なシェアを持つようになりました。また日本の一眼レフはアメリカ市場でそれまでの東独製一眼レフに替わる地位を獲得していきます。さらにこの期間中に世界最初のTTL測光機を開発し、レンズシャッター式一眼レフでは難しいとされたクイックリターンミラーと自動絞りを実現して、外国のカメラに対する技術の差別化を果たしています。また独創的な構造をもつ35mmハーフサイズ一眼レフのオリンパスペンF(神藤弘充さん持参)も、1963年に発売されています。

一方ヴィルギン(Wirgin)から1953年にコメット(アイレベルのペンタプリズムとウェストレベル交換式)、引き続き1954年にエディクサ レフレックス、1957年には同B型が発売されたものの、西独でこの期間までに発売されたフォーカルプレーンシャッター式35mm一眼レフは、僅かにツァイスイコンが1959年に発売したコンタレックスⅠとその改良機、ライツが1965年に発売したライカフレックスのみでした。連動型のセレン露出計をつけ、高級一眼レフとして登場したコンタレックスⅠは、クイックリターンミラーにはなっていたものの自動絞りは完全ではなく、シャッターを切ると絞られたままになり、フィルムを巻き上げるまで絞りが開放にならない構造でした。TTL化が実現するのは1968年発売のコンタレックススーパーであり、1965年(注:アルパブック-豊田茂雄では1964年)にTTLを実現したアルパ9dや、同じ西独の1967年発売のエディクサ プリズマットTTLよりも遅れています。またライカフレックスもコンタレックスと同様にTTL化を1968年のライカフレックスSLで実現します。この様な二大メーカーの遅れが西独のカメラ産業を衰退させる一因になったと思われます。


2008年3月研究会持参カメラ一覧・・基本的には持参者の記入通りとし明らかに誤記と思われるものは(編)で修正しました(敬称略、50音順)
持 参 者 カ メ ラ  名 製 造 会 社 国 名 発売年
赤川 浩義 オプティマ Ⅲ アグファ 135(24×36mm) 西ドイツ 1960
浅沼 宣夫 リコーマティック35 理研光学 135(24×36mm) 日本 1961
フジカドライブ 富士写真フイルム 135(18×24mm) 日本 1964
リコーオートショット リコー 135(24×36mm) 日本 1964
五十嵐 登 コニカオートレックス 小西六写真工業 135(24×36mm) 日本 1965
ミランダ F ミランダカメラ 135(24×36mm) 日本 1963
石橋 直幸 ビトー Ⅲ フォクトレンダー 135(24×36mm) 西ドイツ 1951
伊丹 正晴 ローライフレックス 2.8F フランケ&ハイデッケ 120(6×6cm) 西ドイツ 1960
稲田 裕之 コニカ FP 小西六写真工業 135(24×36mm) 日本 1962
井上 秀夫 マミヤ35 スーパーデラックス(F1.5) マミヤ光機 135(24×36mm) 日本 1964
岩崎 敏彦 オリンパスペン W オリンパス光学工業 135(18×24mm) 日本 1964
リコー オートハーフ S 理研光学 135(18×24mm) 日本 1962
大谷 昭夫 インスタマティック100 イーストマン コダック 126(28×28mm) アメリカ 1963
インスタマティック104 イーストマン コダック 126(28×28mm) アメリカ 1965
神藤 弘充 オリンパスペン F オリンパス光学工業 135(18×24mm) 日本 1963
倉石 馥 ノーマンディー アンソニー 乾板(5×8inch→4×5inchへ改造) アメリカ 1891
小滝 日出彦 コニオメガ ラピッド 小西六写真工業 120、220(6×7cm) 日本 1963
コニオメガ ラピッド M 小西六写真工業 120、220(6×7cm) 日本 1967
小林 昭夫 オプティマ Ⅲ アグファ 135(24×36mm) 西ドイツ 1960
レチナ オートマティック Ⅰ コダックAG 135(24×36mm) 西ドイツ 1960
ビトマティック Ⅰa フォクトレンダー 135(24×36mm) 西ドイツ 1960
ビトー CL フォクトレンダー 135(24×36mm) 西ドイツ 1962
小林 将利 ペトリ コンパクト E 栗林写真工業 135(18×24mm) 日本 1960
ミノルタ レポ ミノルタカメラ 135(18×24mm) 日本 1963
笹沼 弘 コーワ キッド 興和 127(4×4cm、4×6cm) 日本 1960
佐藤 経明 コルベット スペシアリティ ティランティ 135(24×36mm) フランス c1958
篠崎 光宏 ズノー Z16 ズノー光学 16mmフィルム(10×14mm) 日本 1959
ミゼット Ⅰ 美篶商会 17.5mm裏紙付フィルム(14×14mm) 日本 1937
マイクロ Ⅰ 三和商会 17.5mm裏紙付フィルム(14×14mm) 日本 1938
グッチ アース光学 裏紙付フィルム(20×20mm) 日本 1938
ロンドマティック 中央写真用品 135(24×36mm) 日本 1961
ロンド オート 35 中央写真用品 135(24×36mm) 日本 1961
鈴木 恭一 マミヤ プリズマット WP マミヤ光機 135(24×36mm) 日本 1962
トプコン RⅢ 東京光学機械 135(24×36mm) 日本 1961
トプコン ウィンクミラー E 東京光学機械 135(24×36mm) 日本 1960
トプコン ユニ 東京光学機械 135(24×36mm) 日本 1964
オリンパスペン F オリンパス光学工業 135(18×24mm) 日本 1963
高島 鎮雄 シビル エクセルシオール ニューマン&ガーディア 116(63×108mm) イギリス 1933
孔雀カメラ 四號カメラ 孔雀活動カメラ店 ベスト 日本 1936
ピーコック Ⅰ 東洋光機(オリエンタル写真工業カメラ部門) ベスト半裁(3×4cm) 日本 1939
エリオフレックス(グレー) フェラニア 120(6×6cm) イタリア 1953
ターフ(Turf) ジーダGmbH 120(6×6cm) ドイツ 1938
竹内 久彌 フォカ URC O. P. L. 135(24×36mm) フランス 1962
フォカフレックス オートマティック O. P. L. 135(24×36mm) フランス 1962
フォカフレックス Ⅱ O. P. L. 135(24×36mm) フランス 1962
戸田 保夫 No.4 カートリッジコダック イーストマン コダック 104(4×5inch) アメリカ 1897
中田 愼一 アルピン シュピーゲルレフレックス フォクトレンダー 乾板(アトム判4.5×6cm) ドイツ 1915
ビジュー (Bijou) フォクトレンダー 乾板(アトム判4.5×6cm) ドイツ 1907
中村 昭典 ニコマート FTN 日本光学工業 135(24×36mm) 日本 1967
コダックポケットインスタマティック20 イーストマン コダック 110(13×17mm) 日本 1972
オリンパスペン FT オリンパス光学工業 135(18×24mm) 日本 1966
オリンパスペン D オリンパス光学工業 135(18×24mm) 日本 1962
キヤノネット キヤノンカメラ 135(24×36mm) 日本 1961
キヤノネット QL17 キヤノンカメラ 135(24×36mm) 日本 1965
マミヤ プレス マミヤ光機 シートフィルム(6×9cm) 日本 1960
メプロゼニット E KMZ 135(24×36mm) ソ連 1967
七井 貞明 ニコレックス ズーム35 日本光学工業 135(24×36mm) 日本 1963
ヤシカ ミニスター Ⅱ ヤシカ 135(24×36mm) 日本 1962
コニカ SⅡ 小西六写真工業 135(24×36mm) 日本 1961
グラフレックス XLSW グラフレックス 120(6×9cm) アメリカ 1965
鍋田 道雄 ローライフレックス 3.5F フランケ&ハイデッケ 120(6×6cm) 西ドイツ 1960
ニコレックス 35/2 日本光学工業 135(24×36mm) 日本 1962
萩谷 剛 トプコン REスーパー 東京光学機械 135(24×36mm) 日本 1963
トプコン スーパーD(米軍用) 東京光学機械 135(24×36mm) 日本 1966
長谷川 幸也 オリンパスペン S オリンパス光学工業 135(18×24mm) 日本 1960
オリンパスペン D オリンパス光学工業 135(18×24mm) 日本 1962
服部 豊 コーワ SW 興和 135(24×36mm) 日本 1964
キヤノン 7s キヤノンカメラ 135(24×36mm) 日本 1965
藤岡 俊一郎 コーワフレックス 興和 135(24×36mm) 日本 1960
藤田 耕一 ウルトラマティック CS フォクトレンダー 135(24×36mm) 西ドイツ 1965
馬淵 勇 コニカ オートレックス 小西六写真工業 135(24×36mm) 日本 1965
湯浅 謙 レチナ ⅢS コダック AG 135(24×36mm) 西ドイツ 1958
レチナレフレックスⅣ コダック AG 135(24×36mm) 西ドイツ 1964
ベサマティック デラックス フォクトレンダー 135(24×36mm) 西ドイツ 1962
ウルトラマティック フォクトレンダー 135(24×36mm) 西ドイツ 1962